いつきはいつも思いつき

だいたいは 口から出まかせ ひとりごと

君たちはどう過ごすか

半年ぶりに、東京に行く。

9月に娘が産まれ昨年の11月に東京から福岡に引っ越して、1月に新しい仕事を始めてから半年ちょっと。

一度だけ友達の結婚式で東京(式は横浜だったけど)に行って以来二度目の東京。

 

 

娘と妻は実家にお泊まり。僕にとって今回東京に行くことは、言わずもがな小旅行であると同時に、5年弱過ごした第3の故郷への凱旋(帰省といってもいいかもしれない)でもあるし、数少ない1人の時間でもある。

 


……時間に対して「数少ない」は適切な表現なのか??「数」というより「量」が適切な概念ではないのか?

まぁ、そういうくだらないことを考える時間でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お察しのとおりこのブログは何を書こうか決めずに書き始めている。

1人の時間だし、普段できないことをしようと思った時に、「たまにはブログ更新するかぁ」という思いつきで書いている。(タイトル回収)

 


普通の人は暇な時に暇つぶしでブログを書かないし、普通の人は「この出来事について書こう」と思ってブログを書くし、「なんもネタないけどなんか書くかぁ」ではブログを書かない。病気じゃん。きもちわる!!近寄らないで!!!

 

 

 

 


……冷静に今の自分の状況を見つめると気がおかしくなるので、一旦俯瞰することはやめてツラツラと文字を書くことに没頭しよう。

 

 

 

 

 

 

 


さーて何を書こうかな。とりあえず、近況報告でもしようかな。

 


たしかこの記事の前に出産については書いた気がするんだけど、(飛行機の中で書いてるからアーカイブが確認できないの。ごめんね)

冒頭でも書いたように、1月から新しい仕事に転職して、半年ほど経った。

実は育休に入る前からこのタイミングでの転職は考えようと思っていて、いろいろあって転職したんだけど、話すと長くなるからまた今度ブログにしよう。

 

 

 

 


で、子供が生まれて、引っ越しがなんとかできるくらいに娘が育ったタイミングに、僕自身が大学時代を過ごした、妻の地元でもある福岡に転職と同時に移住してきたわけ。

 


いっぱしの東京の大企業(というと烏滸がましいかもしれないけど)から、会社が出来て数年しか経ってない福岡のベンチャー企業に転職したことは、数多くのカルチャーショックを孕んだ刺激的なものだった。

 


あ、今度東京から福岡に移住転職してよかったこと悪かったことみたいな記事を書こう。

さっきからブログ中にブログのこと考えてんじゃん。きもちわる!近寄らないで!!

 

 

 

 


…で、福岡に帰りたいと思って福岡で仕事が見つかり、福岡(なぜか鹿児島も担当してるけど)での仕事が順調に軌道に乗ってくると、人間とは身勝手なもので東京が少し恋しくなってくる。

福岡は大好きだし一生住みたい街ではあるんだけど、フラッと新宿や渋谷に行けた毎日が懐かしくなってくるわけ。

 

 

 

 

 

 

 


そんなときに東京のバンドをやってる友達が「赤坂でライブやるから来ない?」という、「すぐ近くで飲んでるから来ない?」みたいなノリで片道5時間の提案をしてきてくれた。言葉を選ばず言おう、あたおかである。

 


で、感覚バグってんなと思いながら僕も妻に「友達が赤坂でライブするらしいんだけど行ってきていい?」と聞く。あぁ、僕もあたおかだった。ビートルズが来日するんじゃないんだぞ。

 


妻がその後言う「実家に泊まれるけん行ってきていいよー」

あぁ、あたおかに寛容な妻。愛してる。

 


で、なんやかんやあって東京でほかの友達と会う約束もできたから「行くかぁ」っつって飛行機取って今日を迎えたわけ。病気じゃん。きもちわる!近寄らないで!!!

 

 

 

まぁそんなわけで久しぶりの東京にもうすぐ着陸。あ、着くの成田じゃん騙された!東京での滞在時間は24時間ちょっと。友達のライブと友達に会うことと世界一好きなラーメン屋に行くこと以外あんまり何も決めてないけど、楽しんできます。

 

 

 

 

 

 

元気があったら帰りの飛行機で振り返りのブログでも書こう!

 

 

 

 

 

 

 


普通の人はブログ執筆中に帰りのブログの話をしないって言ってんじゃん。病気じゃん。きもちわる!近寄らないで!!!

おでん の話

ところで前回のキンタマの話の続きなんですけど、キンタマ袋縮みすぎてキンタマが消失することありません?

 

え、キンタマの話はもういいんですか。。。そうですか。。。残念です。

 

↓前回のキンタマ

出産 の話 その3 - いつきはいつも思いつき

 

 

そんなわけでキンタマも縮む寒さになってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 

僕はというと極度の暑がりなので2日前までは半そでTシャツで寝てたくらいなんですが、さすがに東京も昨日から冷え込んできまして、あったかいものを口にしたくなる季節になってきたなぁという感じです。

 

で、あったかい料理といえばやっぱり鍋じゃないですか。スーパーに行ったらありとあらゆる味の鍋スープの素が売ってます。逆に夏とか春に鍋食べたくなってもキムチ鍋の素すらなかったりしますね。あれ何。夏はキムチ鍋食べちゃダメなの。食べたいときだってあるやい。

 

話がそれました。とにかく大根白菜も安くなって鍋が食べたくなるこの季節。そんな中でも今日は「おでん」についてのお話です。

 

 

 

結論から言いますけど、おでんという食べ物は矛盾をはらんだお騒がせ野郎なんですよ。私は言いたい。おでんよ、もう少しどうにかならんのか。

 

あらかじめ言っときますが、僕はおでんが大好きです。とってもおいしい。味が染みた大根も味の染みた完熟おでん卵もあのおつゆも、おでんという料理の持つあたたかなイメージもとても好き。

 

だからこそ、キムチ鍋でも寄せ鍋でもなく、ほかならぬ「おでんが食べたい」という日があるわけです。子供のころも「今日はおでんだよ」と母が言えば「やったー」とガッツポーズしたものです。おでんの日は気合いが入るのです。

 

今では母ではなく僕がおでんを作るわけですが、今日はおでんにするぞ、という日はやっぱり気合が入ります。

 

朝からお鍋に水を張って昆布を入れとくわけです。

 

そうしてしばらくしたら火にかけて沸騰する前に昆布を取り出して、その出汁にさらに鰹節を投入したりしちゃって丁寧に出汁をとるんです。気合が入ってますからね。

 

そうして出汁をとりながら、大根を輪切りに、こんにゃくは三角に切って、隠し包丁なんかいっちょ前に入れちゃったりします。

「染みやすくなーれ染みやすくなーれ」と丁寧に食材の準備もするわけです。出汁をとった昆布は細く切って自家製結び昆布にしちゃったりします。いっちょ前に。

 

食材が切れたらさっき取った出汁にぶち込んで、昼には「火を入れ終わってる」状態になるわけですよ。

 

で、まだ「具材に火が通っただけ」ですから、味が染みこむようにその後も何度か沸かして冷まして沸かして冷ましてみたいなことを繰り返します。

 

卵なんか、意味あるかわからないけど殻をむいた後ジップロックに出汁と一緒に付け込んだりしちゃってるんです。

 

これでもかってくらい味が染みるための努力をするわけです。

 

で、晩御飯の時間です。

 

こっからが本題です。

 

いざ気合と愛情を込めたおでん、大根にかじりつくじゃないですか。

 

染みてないんですよ。

 

WHHHHHHYYYYYYYYY JAPANEEEEEEEEEESE PEOPLEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!オカシイダロ!!!!!!

厚切り先生もお怒り!!厚切りなのは大根ダケニシロ!

 

し、染みてないんですよ。

 

あ~んなに丹精込めてじっくりじっくり作ったのに。。。。

 

一日くらいじゃ全然染みてないわけっ!!こっちはおでんの口になってるのに!!!!

 

丁寧にとった出汁も申し訳なさそうにしてますよ。こっちが残念だよ。

 

あなた今思いましたね、「そんなに言うなら前日から仕込んでおけばいいじゃない」、あなた言いましたね。

 

私はあなたに言います、

 

「こんバカチンがァ」武田鉄矢

 

さっきも言いましたけど「今日はおでんにするぞ」と思っておでんを作ってるわけ。「今日」食べたいんです。だからその日に食べたくて朝から仕込むわけ。作った日にそのまま食べたいっていう話でしょうが!

 

 

 

 

 

長くなっちゃいましたけど、僕の言いたいことは「おでんが食べたくなったらその日のうちに、しみっしみのおでんが食べたいにきまってるのに、その日のうちに具がしみっしみになることはない」というジレンマを抱えた食べ物なのです。おでんというものは人泣かせです。

 

ですからね、おでんの皆さん(誰)、もうすこし何とかなりませんか。なんか注射とかで一つ一つの具材に出汁ドーピングとかしたらいいですか。そんなのできるかわかりませんけど。

 

 

あと、「味の染みた完熟おでん卵」なんつーものはこの世に存在しねェなア!!!!!!!!

(CVカミナリたくみ)

 

あるのは「口に含んだ出汁と一緒に食べる、ただおでんに入っているだけの完熟ゆで卵」のみ。おでんのつゆは卵に染みこませるには薄味すぎるのです。。。。。我々は皆幻想を抱いているにすぎないのです。。。。

 

 

 

 

我々はこのジレンマと空想を抱えながら、なおおでんの持つ魔性の魅力に憑りつかれ、一生、おでんを食べたいけれどその日にはおいしいおでんを食べることはできないという運命にあるのです。。。

 

 

 

 

 

 

嗚呼、皆さん、残酷な真実を突き付けてしまいました。哀れな僕をお許しください。

 

皆さんの悲哀に冷め切った心。心中お察しします。エレジー

 

そんな日にはおでんと日本酒で乾杯しましょう。おでんを用意するのは面倒だって?そんな人にはコンビニがオススメ。食べたいときに手軽に買えるのに味が染みててうんまいのよ。

 

 

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出産 の話 その3

このシリーズを書き始めて1か月半。

ほかに書きたい話題があっても、家事をしていてもこのシリーズの続きを書くことが脳裏にちらついていた。(誰かに強制されたわけでもないけのに。)

 

早くキンタマの話とか、したい。

 

そんなわけで今回がたぶん最終章。(今から書くので終わるかわかんないけど。)これを読み終わったらみんなでキンタマの話をしましょうね。

 

これまでの話未読の方はこちらから↓(別に読まなくてもいいです)

その1

croissantrugby.hatenablog.com

その2

croissantrugby.hatenablog.com

 

 

 

 

 

では本編です。前回は陣痛が始まったもののその日のうちに分娩には至らず、翌日朝10時に陣痛促進剤を投与することになった、という連絡が来たところまで話しました。

 

 

 

9月6日11時

 

いつ分娩が始まってもいいように病院の近くに来ておいて、と妻に言われたので病院から最も近いトレーニングジムへ。懲りずにトレーニングジム。キモい。フルスタック197.5㎏のレッグプレスで気持ちを落ち着かせる。

 

その間、連絡が来るかもとちらちら携帯を見ていたが連絡はなし。マナー的には携帯見るのはあまりよろしくないが平日昼間でガラガラだったので許してね。

 

9月6日13時

 

「今どんな感じ?」と妻にLINEを送ったのち、時間つぶしの有酸素やシャワーも浴びていよいよやることがなくなったので昼食。

 

ここでも下手に凝ったレストランに入ってしまうと、食べ終わる前に「すぐに来てくれ」と連絡が来ても困ってしまうので吉野家へ。牛皿とネギ塩豚のW定食を食らう。

(豆知識1:吉野家の「吉」は正確には「士」の部分の下の棒のほうが長い「吉」)

(豆知識2:吉野家店内で食べるなら絶対定食がお得。ごはん大盛りお替り無料)

(豆知識3:提供早いことを求めて吉野家に入った割にはネギ塩豚という牛丼に比べて少し時間がかかるメニューを頼むミスをしている)

 

そんな配慮もむなしく妻からの連絡は来ないまま10分かからずごはん大盛りの定食を食べきってしまった。

 

9月6日13時半ごろ

 

そんなわけで速攻で昼食が済んでしまったので、さらなる時間つぶし。病院からほど近い図書館に向かう。

 

今更の説明だけど病院から自宅までは自転車で20分くらいの距離。なので、別に自宅で待機していても連絡が来てからすぐに出発すればそこまで時間はかからない。なんだけれども、横にいて声をかけたりはできないけれども、少しでも距離的に近くにいてあげたかったんだと思う。

 

図書館にはPCを開いたりできる自習室があったので、そこでこのブログ(その1)を書いたりしながらさらに待つ、待つ、待つ。

 

12時に送った「今どんな感じ?」に対する返事として、妻から14時前に「今半分超えた」というLINEが来た。促進剤投与するという報告以来4時間ぶりの経過報告に少し安心した。

 

妻の名誉のために、名誉を損ねない範囲で補足するけれども、後から話を聞いたら連絡するのが億劫だったのではなく、本当にガチで痛みがつらすぎてその余裕がなかったんだそうだ。

 

余談だが、なんでも陣痛促進剤の薬の作用としては「子宮を収縮させる」ものであり、「子宮口を開かせる」ものではないから、子宮の収縮とは裏腹に子宮口はなかなかそれに合わせて開かず、痛みがひどくなりやすいのだとか。

 

そんなことも知らずただひたすらに待つことしかできない自分。この時ブログという媒体に気持ちを吐き出すことができていたから、「待つ」ことに徹することができたのだと思う。

 

もし書いていなかったらメンヘラみたいに「今どんな感じ?ちょっとでいいから返事して。無視しないで」とか送ってたかもしれない。マヂャミ。令和のメンヘラギャルはマヂャミとか言いますか?

 

 

9月6日 16時

 

待つことに少しの間達することができたとさっき言った。とか言いながら前回の経過報告から2時間経ってさすがに待ちきれなくなった。令和のマヂヤミギャルになってしまった。

 

ここで「何度もごめん、今どんな感じ?」というメンヘラLINEを送ってしまう。(今LINE見返してるんだけどフラれる前の彼氏みたいでなかなかキモい)

 

当然、返信はなかった。

 

 

9月6日 17時14分

 

ここで突然妻からの電話。そして僕のアホ発覚。待ってる場所、図書館だから電話でれねーじゃん。アホすぎる。

 

着信のバイブを感じながら、ギリギリスタッフさんに怒られない速度で走って建物外に出る。その間に電話は切れてしまった。

 

やはり後で聞くと「なんで出ねえんだよ」って妻は思ったらしい。マジごめん。

 

建物外にでたところで2度目の着信をとる。17時16分。

 

俺が「もしもし」というか言わないかのところで妻の「始まるけんすぐに来て」という一言。「わかった」と返事をしてすぐに切られた。念のためいうけどこれも切れてるんじゃなくてガチで痛すぎて話すのもしんどかったらしい。

 

大急ぎで自習室に戻ってPCをカバンに入れて建物外へ。たぶんギリギリスタッフさんに怒られたであろう速度で自転車に乗り込む。

 

自転車で病院までは3~4分だ。

 

 

 

9月6日17時20分ごろ

 

病院の駐輪場に自転車を止めて病院受付へ。「〇〇(妻の名前)の夫なんですが、出産の立会いで来ました。」と伝える。「そうしたら2階に上がってそこでスタッフにお声がけください」と言われすぐに2階へ。

 

2階のナースステーション的なところにいるスタッフさん。3~4人見えるけれども誰がどんな人かわからない。とりあえず一番手前にいる人に「〇〇(妻の名前)の夫なんですが、出産の立会いで来ました。」という。たぶんめちゃくちゃ早口だっと思う。

 

そんなキモ早口な僕とは裏腹にスタッフさんは落ち着いている。「なんか早くね?」みたいな雰囲気さえ感じる。それもそうだ連絡があってから数分で来るような旦那さんはあまりいないだろう。スタッフさんが誰かを呼びに行き、呼ばれた助産師さんが「それではこちらにお願いしますね」と僕を案内してくれた。

 

分娩室と書かれた部屋の前で「奥さんすごく頑張ってるから、結構壮絶だけど、応援してあげてください。」と言われる。誰にでもいう言葉というわけではないようで、本当にそれまでの過程が壮絶だったことを感じる言葉だった。

 

分娩室に入る。お医者さんか、看護師さんか、助産師さんか、素人の僕には見分けがつかないけど6~7人はスタッフさんがいたのではないだろうか。たくさんのスタッフさんに囲まれて、ドラマで見たことある分娩台に乗った妻はすでに戦っていた。

 

例えようのない苦悶の声をあげながら妻はフウ、フウ、と呼吸し痛みに耐えていた。めちゃくちゃ例え悪いけどウンコ全然でないときの1000億倍痛そう。

 

妻の頭のそばに立って「来たよ」と声をかける。そのあとは妻の手を握ることしかできなかった。「頑張ってるね」「偉いね」とか言った気がするけど、そんな声かけは目の前の光景に対してあまりに無力だった。

 

少しでも力になりたくて、妻にストローの刺さったお茶を差し出す。「要らない」と言われる。

 

 

あまりに無力だった。

 

 

9月6日17時40分ごろ

 

お医者さんから「赤ちゃんの頭見えてきたよ~」という言葉が。

 

まさに光明が差す心地がした。妻の手を握る力も心なしか緩んだ気がするが、自分で自分の記憶を脚色しているだけかもしれない。

 

「あと少しだよ」と声をかける。

 

その通りになった。

 

9月6日 17時46分

 

お医者さんが赤ちゃんの頭をつかんだと思ったら、

 

スポンッ

 

と赤ちゃんが飛び出してきた。

 

めちゃくちゃ小さいけど、確かに人間の形をした娘が生まれた瞬間だった。

 

 

 

妻は僕にへその緒を切らせたかったらしいが、前日に破水してから時間がたっていたこともあり、それは叶わなかった。

 

お医者さんが手際よくそれを切り、我が子は検査へと向かった。緊張が解けた妻と僕は、残された分娩室で僕が到着するまでの様子などを話していた。

 

 

その後しばらくして娘が戻ってくる。幸運なことに、特に異常は見られなかったようだ。そしてそこから2時間の間、妻と僕と生まれたばかりの子の三人で分娩室で過ごした。

 

写真を撮ったり、顔のどこのパーツがどちらに似ているかなどを言い合ったりした。これは親バカではないが、おなかの中でむくみにむくんでパンパンな顔の我が子は生まれた瞬間から宇宙一かわいかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

。。。。それからはまぁ2時間ほどたって妻と子の入院準備で僕は退散。足取り軽く自転車をこいで自宅へ。テンションが高まりすぎて親戚やらSNSやら報告しまくってました。

 

その後は5日の入院後に迎えに行き、自宅で3人で暮らすようになって早一か月半くらい。その間もめまぐるしく子供は成長し、夫婦は喧嘩し、生活スタイルは試行錯誤の紆余曲折を重ねていたりするわけですが、その辺の話はまた追々。

 

 

とにかく、このシリーズを書いたのは、その1でも言及したとおり、この日の「そわそわ」とした気持ちのログを残す意味に加え、「男性目線の出産レポ」の一つとして、世の男性、出産を控えた方が「こんな人がいたけど無事産まれたんだな」という気持ちになればいいな、と願う意図がありました。

 

子が生まれてもはや50日以上たってしまっていますが、今後出産を迎える男性、女性、迎える予定のない人、もうすでに迎えた先輩方がこれを読んで、少しでも何か感じてくれればいいな、と願います。

 

ということで私の初めての出産レポ(というか立ち合いそわそわレポ)はここらでいったんシメとします。

 

延べ1万字超えましたわ。こんな量大学時代も書いたことない気がする。以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出産 の話 その2

書いてたら長くなったので前回の続きです。まだの方は前回の記事↓

https://croissantrugby.hatenablog.com/entry/2022/10/11/120424

からどぞ。

 

陣痛が来たよ~というタイミングで、その日どのように過ごしたか、という内容です。

 

最初に言っておいたほうがいいと思うけど、時系列順に出来事を振り返っているだけなので、読み飛ばしてもらって構いません。なんかその時の臨場感とか感じてもらえたらいいな。くらいの気持ちで書いてます。

 

では続きです。

 

 

 

9月5日11時 

 

通っていた産院では「陣痛中は立ち合い不可、分娩室から立ち合いOK」という感染予防対策をとっているため、妻はしきりに「ぎりぎりまで家で粘って病院ついたときにはすぐ分娩っていう状況まで我慢したい」と言っていた。とはいえ、急に破水してしまったり容態が急変したり、陣痛が思ったよりすぐに早まったりなどなど、すぐに病院に行かなければならない可能性もあるので、早めに昼食などは済ませておくことに。パパっと作った料理で腹ごしらえをした。

 

この時点で7~8分に1回のペースにはなっていたのだが、妻は「病院に電話したら『一応来て様子を見せて』とか言われそうやけんまだ電話しない」と言っていた。

 

 

9月5日15時

 

昼食後はお茶をしたりボードゲームでゆっくりと時間を過ごし、15時。

 

この時点で陣痛開始から7時間くらいたっているのだが、相も変わらず7~8分に1回のペースから全然縮まらないどころか、時にはそれよりも感覚が広がるときもあるような状態に。

 

直接的に言及したりはしないけども、僕も妻も「なんかペースが悪いな」みたいな感覚を感じていたように思う。当然、痛いのが長く続くのは誰もうれしくないので、可能ならすぐに終わってほしい。

 

で、「お産を進めるためには歩くのがいいらしい」と言われているので(前の前の記事も参照されたい)陣痛のさなかではあるが、気晴らしに二人で外を散歩することにした。

家の近所ではあるが、外を歩くのはやはり気持ちがいいものだった。途中途中痛みで歩みを止めたりもしたが、リフレッシュにはなったように思う。そして1時間弱歩いて帰宅した。ところが、帰宅後にも期待していたような痛みの感覚が狭まったり、痛みが強まったりといった様子が表れていないと妻がいう。

 

9月5日16時ごろ

 

散歩から帰ってきて話を聞き、僕は妻に対し「5分に1回ペースになってからといわれてはいるけれども、さすがにそろそろ電話だけでも病院に相談したほうがいいのでは?」と何度も口にしてしまう。ぶっちゃけ、散歩に行き始めたあたりからは妻よりも僕のほうが焦り始めていたように思う。

 

当の本人である妻はやはり電話したことで藪蛇的に入院が早まることを嫌い拒み続けていたのだが、ついぞ観念して僕の言う通り電話してみるとしぶしぶ応じてくれた。

 

「いつきくん(僕)が電話したら深刻そうに話してしまって病院から『すぐ来てください』とか言われそうやけん私が話す」と言われ、妻から電話した。その様子を僕は見ていたが、結局病院からの返答は「いったん病院に来てください」というものだった。仕方なく身支度をして病院に向かうことに。

 

万が一のことも考え今のうちにシャワーを浴びておいた。妻から「私が入院することになったら読んでほしい」と手紙を渡される。帰ってきてから読んで、と言われてから、事前に用意していた入院用スーツケースとカバンを持ち、タクシーで病院に向かう。

 

9月5日17時ごろ

 

病院に到着。通常の診察受付時間は過ぎていたけれど受付をしてもらい、検査キットみたいなやつを渡され、検体をとる。

 

その間、ちょうどシフト上がりの助産師さんから「パパいよいよですね。奥さんの入院中家事お願いしますよ。ママがボロボロの体で退院したと思ったら家の片付けが始まるのは最悪ですからね」とかいわれる。「男だからってなめられてる?」って思ったけどまぁそういう先輩ママパパの皆さんがいたんだろうなぁとか思いながら話を聞く。

でも、手書きで夫が退院までに準備しておいたほうがいいことのメモを書いて渡してくれた。本当に妊婦と赤ちゃんが元気でいることを願っているだけなのだろうな。

 

で、それもおわって診察へ。僕は診察室の前で待機。

しばらくして助産師さんが出てくる。「奥さん入院ですので、帰宅して待機しておいてください」と。

 

衝撃走る。ああいよいよか。

 

続いて妻が診察室から出てきて「入院することになった最悪」と。なんでもお医者さんにも「子宮口の様子をみて大丈夫そうなら一回帰りますと話したそうなのだが(笑)、お医者さんが触診した瞬間に破水してしまったらしい。お医者さんから「赤ちゃんは出たがってるよ」と言われたそうだ。

 

それはいいとして、問題は10㎝開く子宮口がまだ1.5㎝しか開いていなかったらしいことだった。進捗でいえば15%。。。。

 

朝からの9時間は何だったのか、まだまだ時間がかかるってことか。生まれるのは今から何時間後。。。?と、気が遠くなった。今思えば、この時一番気が遠くなるような絶望を感じていたのは妻だっただろう。

 

一瞬にしていろいろな感情が沸き上がったが、いずれにせよ妻が入院することになった僕はしばらく自宅待機せざるを得ないということになった。(立ち合いや面会ができないのは前述の通り)

 

真夜中に分娩になるかもしれないのでそれまでにいろいろ身支度を済ませておかなければならない。バスで20分くらいの距離を落ち着くために1時間ちょっとかけて歩いて帰った。

 

9月5日19時ごろ

 

帰宅して、仕方なく夜ご飯の準備。お米を炊飯器にセットして軽く片づけをしたり、助産師さんに勧められたYouTube動画を見て出産後の授乳や沐浴の勉強をしたりした。

 

しばらくして、妻から受け取った手紙を読む。内容はちょっと秘密だけど、妻の覚悟や気持ちが伝わってきて、ちょっと泣いた。

 

LINEで手紙読んだよ~的なことを送って、やり取りしながら飯を食った。ああなんかソワソワするなぁとか思いながら「この経験は記録にでも残しておくか」と書き始めたのが前回の記事。更新おそっ

 

 

 

9月5日21時ごろ

 

妻と電話。痛みの具合はどうだとか、晩御飯は麻婆豆腐だっただとか、シャワー浴びていったけど病院でも浴びれたわとか、他愛無い会話をした。入院が決まって数時間経っただけなのに僕は不安な気持ちになっていたのだけれど、声を聴くと安心した。LINEの履歴をさかのぼると40分ほど電話してたみたい。

 

「真夜中に分娩が始まるかもしれんけん、早めに寝といてね」みたいなことを言われて終話したのだが、電話を切った後またそわそわし始めたのでジムに行った。

 

9月5日22時ごろ近所のエニタイムフィットネスで肩トレと有酸素を少しした。(ネタバレだけどこの記事は1か月半経って書いているのだけど、この日のジムは印象に残っている)

 

重いものをフンスカフンスカ挙げていると、その間は悩みとか不安を忘れられた。やはり筋肉は偉大だ。三角筋も心なしかいつもよりパンプアップしていたな。

 

1時間ほど体を動かして帰宅。

 

 

 

9月5日23時

 

ジムから帰ってきてからシャワーを浴びて、ブログの続きを書いた。

気づいたら12時を回っていたし、眠かったので12時20分ごろには布団に入っていたと思う。

 

なんだけど、眠いんだけど、寝られなかった。妻は寝られているのかなぁとか、今どんな状況かなぁとか、なんかいろいろ考えちゃって、ずいぶん久しぶりに考え事で寝付けない状態になった。

 

スマホをいじったり、うつぶせになってみたり、寝つきがよくなるBGMを書けたりしたけどなかなか眠れなかった。何時に寝られたか覚えてないけど、最後に見た時計は午前2時を回っていた気がする。

 

そういえばいつ連絡来ても起きれるようにスマホの通知音量を最大にしたり、AppleWatchのマナーモードを解除したりしてたな。

 

9月6日8時

 

妻からのLINEの通知音で起きた。「陣痛が進んだから早く来て」というものではなく「陣痛間隔が狭まらないから促進剤投与になるかも」というものだった。

 

促進剤というのは陣痛促進剤のことで、今回のように陣痛が思うように進まないときに薬剤を投与することで、その作用により子宮を収縮させ、陣痛を進ませるものだ。

妻は「できれば使いたくない」と言っていた。

 

「促進剤投与することになったら一気に進むかもしれないから、なるべく病院の近くで待機しておいてほしい」と連絡があった。

 

9月6日9時

 

医師の診察を受けた妻から続報のLINE。「昨晩からほとんど子宮口が開いていなかったから促進剤投与することになった」というものだった。

 

後から聞くと前日の17時に1.5㎝だった子宮口は、翌日の朝9時になってもまだ2㎝にしか開いてなかったらしい。

 

9時50分ごろに投与が始まったというLINEが来た。

 

「もう本当にいよいよだな」と考えると、不安と得体のしれない恐怖心がわいてきた。

 

 

 

 

 

 

、、、というところで3500文字超えてしまって疲れたので、いったんここで「その2」は区切ります。今の僕には「この記事全然面白くないんじゃないか」という不安と恐怖心がわいています。

 

たぶん次回で最終回!

 

 

人知れず追記:最後日付が間違ってました。今後何かあったら誰か気づいた人は教えて

出産 の話 その1

※このブログを書き始めた時点ではかなり切迫した心持ちだったのですが、その後、執筆中断して日を置いて書くことになったことに加え、途中まで書き進めていた文章を保存できてなかったので思い出しながら書いて(非常に萎えて)います。が、当時の「いよいよ」という気持ちになりきって書きますので気づかないふりをして、9月6日の気持ちでご覧ください。

 

そしてはじめに、この記事を書くことは私にとってこの日の「そわそわ」とした気持ちのログを残す意味に加え、「男性目線の出産レポ」の一つとして、世の男性、出産を控えた方が「こんな人がいたけど無事産まれたんだな」という気持ちになればいいな、と願う意図があります。よって別に面白いかどうか知らないしたぶん面白くはない。すまん。

 

また、例によってナマナマしい描写が多いので気を付けていただければ。では本編です。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよです。

 

といってもこのブログの読者のみなさんはそこまで「そうですねいよいよですね。。。!!」なんて思っていないかもしれないけど、当の本人たる私はそれはもう「いよいよ」という言葉以外で形容できないほど「いよいよ」なのです。

 

そう、「陣痛」がやってきました。

 

つまり、出産のまさに直前、ということです。人生ゲームならゴールの2マス前くらい、RPGならラスボス前のセーブポイントくらいの直前、ポケモン赤緑ならワタルの前でレポート書いたくらいの直前に差し掛かっている。その奥にグリーンがいることなんて知る由もない。

 

そんなわけでそわそわそわそわ(以下「そわ」×1恒河沙)しているので、この恒河沙そわそわを何かすることで落ち着かせるしかないので、PCを開いたところである。以上本記事の執筆理由。

 

【突然始まるお勉強コーナー】*************************

 

妊娠発覚から出産までのプロセスについて勉強しておこう。

 

妊娠が推定されるとき、皆さんもご存じの通り、一般には市販の妊娠検査薬で検査して、陽性が出たら、産科の病院できちんと検査してもらうことになります。お医者さんの診断を受け、そこで診断をされて晴れて「妊娠」とわかる、ということをご存じの方は多いと思います。

 

まず、妊娠ゼロ日目は「性交渉をした日」「受精した日」でも「診断された日」でもなく、妊娠が発覚する前の「最終月経日」を妊娠ゼロ日目とします。

 

つづいて、その妊娠ゼロ日目から数えて40週0日目を出産予定日とします。つまりよく生まれるまで「十月十日(とつきとおか)」といわれるから300日以上なのかと思いきや、実際には280日を基準とするということ。

 

ちなみに、実際には出産予定日まで(39週目まで)に生まれるのが全体の約61%というう割合なのだそう。予定日の4週間前からは「臨月」つまり「いつ生まれてもおかしくないぜベイベ」状態になるわけです。

 

(↑後で読み返すとこの辺は本当に勉強っぽくてキモい)

 

 

とまぁここまでは、知っている人も少なくないはず。

でも「生まれる当日にどんな時間間隔で、どういう順序や流れで出産に至るか」ということを知っている人は、意外に少ないのではないでしょうか。少なくとも僕は知らなかった。なのでその話も少しだけさしてくださいや。なお、以下は普通分娩の話です。

 

まず、「あ、今から生まれるわ」という出産のサインとして、「陣痛」が来ることが一つの指標になるのですが、(ほかにも「破水」や「おしるし」があるけど僕の経験をよんでもらう上では陣痛を知ってもらえれば十分です)ここを「出産」の第一段階としましょう。

 

この陣痛、どんな痛みかというと、僕も「たとえるならどんな痛みか」という文字上の情報でしか知らないのですが、最初は「おなかが張るような感じ」の10分に1回程度の規則的な痛みから始まり、徐々に痛みは強く、間隔は短くなるものだそうです。

 

で、もっと恐ろしいのは、この「徐々に」の部分で、陣痛という「徐々に」より強く、より頻繁に起こるようになるこの痛みと恐怖が、10分や20分ではなく段階を経て10時間以上にわたって続くことなんです。

 

というのも、赤ちゃんが出てくるためにはお母さんの子宮から産道へと続く「子宮口」という出口が赤ちゃんの頭が通れるだけ押し広げられる必要があります。この子宮口が開けば開くほど陣痛が強くなるという仕組みなんだそうです。赤ちゃんが出て来ようと子宮口を広げれば広げるほど、母体には強く頻繁な痛みが起こるということです。

 

で、最終的には3分に1回とかのペースで、「鼻からスイカを出す」ような痛みが分娩間近にはやってくるんだとか。どんな痛みかはわからないけれど、ぶっ壊れそうないたみだろうな、という想像ができますよね。

 

で、さっき言った「赤ちゃんが通れる大きさ」になるまでにかなりの時間を要するために、長時間に及びお母さんは痛みに耐えなければならない、というわけです。その頭が通れる大きさ(直径10㎝程度)に広がるまでに初産の場合、陣痛が始まってから8~12時間かかるのが標準だそうです。

 

この間は、よくドラマなどで見る手術室のような見た目の分娩室ではなく、陣痛室という部屋だったり病室だったり、まぁわかりやすく言うと控室的なところでじっと10時間近くその時が来るのを待つことになります。

 

で、子宮口が開ききって痛みが最大限になったらそこで終わりというわけではもちろんありません。その大きさになったところで分娩室に移動し、頭、肩、胴体、足と順にその出口を通りきってようやく赤ちゃん誕生となります。これを第二段階とするならば、この第二段階に子宮口が開ききってからだいたい2時間程度かかりようやく赤ちゃんが生まれる、という寸法です。

 

つまり、第一段階の陣痛に耐えるのに平均10時間、その後の分娩に2時間かかるとすれば、陣痛が朝の9時に来たら子宮口が開ききるのは夜7時、赤ちゃんが生まれるのは夜9時、激痛に耐えてようやく生まれるということなんです。

 

【突然始まったお勉強コーナー終了】********************

 

 

 

 

 

 

そんなわけで予定日の1か月前くらいからはだいぶそわそわしてたのですが、結局僕らが陣痛を迎えたのは予定日の2日後でした。

 

 

以下、時系列順に当日を振り返ります。

 

9月5日8:00ごろ

朝起きると妻から「陣痛が来たかもしれん。。。」と告げられた。曰く、数十分前から10分に一回くらいのペースでおなかが痛むのだとか。内心「いよいよか。。。!」と緊張していくのを感じた。

 

歯磨きなどを終え、産院からもらった冊子の「陣痛が来たら」のページを読み返すと、

「経産婦は10分に1回のペース、初産婦は5分に1回のペースになったら病院に電話してください。」とかかれていたので様子を見ることにし、朝食をとる。

 

ちなみに、昨今のコロナ渦の影響で、夫が出産に立ち会える範囲にも制限があることが多いらしい。コロナでなければ陣痛室で陣痛が強まるまで夫がそばにいたうえで分娩室で立ち会う、というのができるのがたぶん一般的なのだけど、

ぼくら夫婦が通っていた産院は「陣痛中は立ち合い不可、分娩室から立ち合いOK」という制限を設けていた。

 

つまり、陣痛が来て病院で出産を迎えるまで、妻は一人で孤独にその痛みに耐えなければならない、ということだ。

そのため、妻はしきりに「ぎりぎりまで家で粘って病院ついたときにはすぐ分娩っていう状況まで我慢したい」と言っていた。

 

うえええもう3000字もあるうう!!!

 

いったん切ります!!!続きは次回!

 

 

散歩の話

ーーーーー前回のあらすじ

 

紀元前342年、中華の小国「」で生まれた少年””は、ある日謎の少年”"と出会う。

追手に追われていたを救ったは、が王族であること、そして命を狙われていることを知る。

事情を知った怜は喧とともに黒幕だという”繝シ繧ク縺ァ”を打つべく、旅立つのであった。。。

 

 

 

 

適当に架空の物語を書きましたすみません。そんな出来事はありませんし、たぶんこの物語はキングダムのパクリです。「倥」とか「縺」とか「吶」とかいう固有名詞は「文字化け」で検索して出てきた文字をコピペしただけのなので読み方すらわかりません。

 

そんなこんなで私(わたくし)、結婚して、妻が妊娠したというところまで先日お伝えいたしました。覚えてましたか?忘れたよ~って人は前回の記事を読むか冒頭の「前回のあらすじ」でも読んどいてください。

 

そんでね、妻の出産(出産準備)にともない、育児休職をもらおうと思ったんですよ。

職場の上司に「9月の頭が予定日なので、そこから半年育児休職に入りたいです、ついでにハネムーン休暇使える権利が失効しそうだったので有給とかもろもろくっつけて予定日の2週間前から休みたいです。」って相談してみました。

 

そしたら、以外に何の反対意見も代案の提示なんかもなく「いいよ~」ってすんなり受け入れてもらえて、要望通り申請してね、って返事だったんですね。

「あれ、もしかしてうちホワイト企業?」とか思ったんですけど、だまされてはいけません。こいつがかの黒幕”繝シ繧ク縺ァ”なのかもしれない。右手の刀を握りしめ疑心暗鬼ながら要望通り社内システムから申請したんですが、これまたOKが出て、無事育休を取得できることになりました。

 

そんなこんなで先週からお休みに入っていて、まだ子供も生まれていないので僕自身としては絶賛ニートしている今日この頃です。二度寝最高!!

このあたりの職場関係の話は気が向いたらまた書くかな。

 

 

DE(で)、めでたく休暇に入れた僕と一足先に産休に入っている妻の二人でのんびり日々を過ごしているわけですよ。

今日はそんな毎日の過ごし方について書けたらと思います。

 

 

 

 

ようやく本題に入れた。またいつもの癖で前置きが長くなっちゃってすみません。今回は中華で王族を救ったりもしてましたからご容赦ください。

ちなみにこの下から妊娠とかそういう話題が多くなるので、苦手な方はご注意くださいね。

 

 

DENE(でね)、妊娠が進んで臨月(=妊娠予定日の4週間前)に入った妊婦さんとの生活ってどんなものなのかって話なんですけど、想像できますか皆さん。

 

まず、あんまり出かけられないですよ。というか、僕らは出かけないことにしました。

臨月に入っているということは、いつ陣痛が来て赤ちゃんが出て来ようとするか、予想できない状況です。なので、遠出はできなくはないですが、陣痛が始まってしまったときにすぐ病院に移動できないリスクがあるのです。

そんなわけで、僕らは話し合った結果遠出するのはやめとくことにしました。この記事を書いている時点ではコロナウイルスがまだ落ち着いていないですしね。

 

で、近場に行くにしても自転車をこぐのは妊婦さん自身が体のバランスがとりづらいので転んだり事故になったりする危険が妊娠していない人に比べて高く、胎児にとっても危ないので、控えたほうが良いといわれているそうです。僕らも自転車はやめとくことにしました。

 

そうなると、移動手段はもっぱら歩くしかなくなったわけです。しかも、歩くことは妊娠の経過にとてもいいんだそうです。(なんか股関節が動いとくとお産が進みやすくなるとか妊婦の健康にいいとか、そんな理由だったはず)

 

妊婦はスポーツもできないですし、僕ら夫婦は幸い共通の趣味「散歩」を持ち合わせていましたので、二人で「今日はどこに行こうかな」とPerfumeの名曲「ねぇ」よろしく話し合ってはひたすらに歩く、という日々を繰り返し、二人の思い出を重ねて、毎日違う道を歩いております。むしろ歩いてしかいない。

 

 

DEAN(ディーン(フジオカ))、せっかくお休みとっても遠出もできない、ショッピングモールなんかで買い物したりもできない、二人で一日中一緒にいるからシコれない。。。みたいな休日って楽しいのかって思う方もいると思うんですけど、これが意外と楽しいんですよ。これが今日伝えたいことです。結論に至るまで長かったね~~~~。

 

なんで楽しいかというと、毎日散歩するなかで半径1km以内にも通ったことがない道が山ほどあったことに気づいたり、「意外と片道3~4㎞って歩けるな」って謎の自信がわいたり、今まで行ったことなかった公園の風景が目を奪われるほどきれいだったり、身近にも全く知らない施設があったりといったことに毎日驚くから飽きません。

 

一方で、もし僕が妊婦だったらと考えると一人でここまで遠出しなかっただろうな、とか毎日一人ぽっち義務感で歩くのあんまり楽しくないだろうな、とか思うわけです。なので、少しの間だけでも休みをとって二人で過ごせてよかったなぁとか思っています。

 

 

ですからまぁ、僕が感じているあれこれは自分自身の偏見に満ちているのは承知ですが、みなさんも友達や気心知れた仲間を連れて歩くの、いいですよ。今週末ぜひやってみてください。

 

ご結婚されている男性の皆様、いろいろなご事情があるかと思いますが、お休みをとってパートナーさんと一緒に歩くの、いいですよ。

 

 

お休みをとられる際、長期間にわたる場合はなるべく存分にシコっておくことをお勧めします。

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒミツの近況報告

 

あの〜、何から話せばいいですかね。

 

とりあえず、まずは挨拶からですよね。お久しぶりです。僕です。
もはや一人称が「僕」だったかすら忘れている為体ですが、いつきです。

 

「近況報告し始めたと思ったら全然タイムリーじゃないうえにそこそこでかい話を3行で処理するな!」なんておっしゃる方も中にはいるのではないのかと思いますけれど、

 

 

あの〜、、結婚したんですよ。昨年の11月に。えぇ。
もう9ヶ月経ちますか。早いですねぇ。
でね、めでたくその後すぐ子供にも恵まれて、もう少しで産まれそうだ、というそんな時期におります。

 

 

 

 

\近況報告し始めたと思ったら全然タイムリーじゃないうえにそこそこでかい話を3行で処理するな/

 

 

 

あ、聞こえてきましたね

 

こないだ友達の結婚式で久しぶりに後輩にあったんですけど、この話をしたら
「いつきさんのTwitterはどうでもいいことばっかり呟いて大事なことは何にもわからない」
って言われました。どうでもいいことばっかり呟いてですって、、、

 

 

 

 

ま、そんなこんなでもう少ししたらわっちのこのブログも赤ちゃん溺愛ブログになっちまいそうなんで、
ここらで更新しといてジャブ打っとくか、みたいな、そんな魂胆をひた隠しにして更新しました。

みんなには内緒なんだからね!!


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トップシークレットエージェントより